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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)13116号 判決 1986年7月28日

原告 田邊秀夫

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 宗田親彦

同 阿部敏明

同 石川一郎

被告 八千代信用金庫

右代表者代表理事 新納太郎

右訴訟代理人弁護士 坂本建之助

同 浅野晋

同 原勝己

主文

1  被告は、原告らに対し、昭和六一年八月三〇日が到来したときは、金一六四四万八〇〇〇円およびこれに対する昭和六〇年八月三一日から支払ずみまで年五・六パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、被告に対し、昭和五七年九月二一日、丸長銘木建材株式会社(以下「丸長銘木建材」という。)を主債務者として、同会社のために、原告ら所有の不動産(以下「本件不動産」という。)につき、極度額八〇〇〇万円の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定し、同日、被告に対して、右の極度額を限度として、同会社の被告に対する債務を連帯保証(以下「本件連帯保証」という。)する旨約した。

2  原告らを申立人とし、被告を相手方とする武蔵野簡易裁判所昭和五九年(ノ)第七三号調停事件(以下「本件調停」という。)において、昭和六〇年七月二四日、別紙調停条項に記載のとおり、調停が成立し、これに基づいて、原告らは、同年八月三〇日、本件不動産を任意売却し、その代金のうちから、前項の連帯保証債務の支払として、八〇〇〇万円を被告に対し支払った。

3  しかしながら、原告らが、本件連帯保証契約に基づき、被告に対し、右の八〇〇〇万円の限度を超えて、これを元本とする利息および遅延損害金についても支払う義務があるかどうかについて、当事者間に争いがあったため、原告らと被告とは、本件調停において、右利息および遅延損害金についての連帯保証債務の存否を、一六四四万八〇〇〇円を限度として、裁判所の判断その他の方法によって別に解決することとし、その解決までの間、原告らは、被告に、右限度額の金員を預託し、被告は、これを定期預金として保管する旨合意し、右合意に基づいて、原告らは、被告に対し、別紙預金目録記載の定期預金(以下「本件預金」という。)として、右金員を預託した。

4  ところで、原告らの被告に対する本件連帯保証債務は、利息および遅延損害金を含めたすべての債務について、前記の八〇〇〇万円を限度とする(債権極度)ものであって、被告の主張するように右金額が元本についての保証債務の限度を定めたにすぎず、右元本に対する利息および遅延損害金については右限度を超えても保証債務を負う(元本極度)というものではない。

すなわち、本件連帯保証債務の限度が元本極度額であるとする趣旨の約定は存しないし、右連帯保証契約は、本件根抵当権設定と同時に締結されたものであるところ、本件根抵当権設定契約においては、その極度額が八〇〇〇万円と定められており、これと同額の保証債務を負うものと定められたのであるから、本件連帯保証債務の限度額についても、右と同様に債権極度額であるとするのが、当事者の意思に合致するからである。

通常、根抵当権設定契約と同時に保証契約が締結されたのに、根抵当権の極度額は、債権極度額であるが、保証債務の限度額は、元本極度額であるとは、当事者としては考えないものであるし、同一契約書中の「極度額」の文言を根抵当権と保証とで別異に使い分けることも不自然である。

また、少なくとも、本件においては、原告田邊秀夫(他の原告は、同原告の未成年の子であり、交渉は、同原告のみが行った。)は、万一の場合には、八〇〇〇万円だけについて負担するという明確な意思をもって、本件連帯保証契約を締結したものである。

なお、被告の主張の内(一)(1)、(三)ないし(五)の事実は、いずれも認め、その余は争う。

被告は、本件根抵当権設定契約には、保証債務の履行について、信用金庫取引約定に従う旨の約定があるところから、信用金庫取引約定の遅延損害金の約定により、根保証の限度額を超えても、同条項の損害金を支払う旨の特約があったというべきであると主張するが、右信用金庫取引約定は、遅延損害金の額を定めたものにすぎず、右約定から、根保証限度額の範囲内において、当該約定利率の損害金を支払う義務があるとの解釈は成り立つとしても、本件根保証限度額を超えて損害金を支払う旨の特約と解することは、到底できないものである。

以上によれば、原告らには、八〇〇〇万円を超えて支払を負担すべき保証債務はないものといわなければならない。

したがって、被告は、原告らに対し、本件預金を返還すべき義務がある。

5  よって、原告らは、被告に対し、本件預金の満期日である昭和六一年八月三〇日が到来したときは、元本一六四四万八〇〇〇円およびこれに対する預入日の翌日である昭和六〇年八月三一日から支払ずみまで約定の年五・六パーセントの割合による利息(ただし、満期日の翌日からは遅延損害金として)の支払を求める。

二  請求原因に対する認否および被告の主張

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4は争う。

3  被告の主張

(本件預金の性格と返還請求権の不存在)

(一)(1) 原告らは、本件根抵当権設定および本件連帯保証契約において、被告に対し、この根抵当権の被担保債務について極度額を限度とし、債務者と連帯して保証債務を負い、その履行については債務者が別に差し入れた信用金庫取引約定書の各条項のほか右契約の約定に従う旨約し、主債務者丸長銘木建材は、被告に対し、信用金庫取引約定に基づき、被告に対する債務を履行しなかった場合には、支払うべき金額に対し一〇〇円について一日金四銭の割合の遅延損害金を支払う旨約している。

(2) 保証債務の限度についての右の約定は、後述のように、本件連帯保証債務の限度額を、いわゆる「元本極度額」とし、元本についてのみ極度額の制限を受け、その範囲内の元本から生ずる利息および遅延損害金であれば、無制限に保証の対象とする趣旨である。すなわち、元本および利息等をあわせて限度額の範囲にとどめるいわゆる「債権極度額」の約定ではない。

本件連帯保証契約においては、その限度額を根抵当権の極度額と定めているけれども、右限度額は、あくまでも元本についての定めの趣旨であり、限度額以内の元本について生じる遅延損害金については、別に責任を負担しなければならない趣旨(元本極度額)と解しなければならない。

その実質的な理由としては、仮に、原告らの主張するように「債権極度額」であるとすると、連帯保証人は、主債務者とともに、ただちに履行すべき責任があるにもかかわらず、保証債務の履行をどんなに長期間遅滞しても、全くその責に任じないこととなってしまい、はなはだ不当な結果となるからである。

根担保権は、一般の担保物権と同じく、債務が弁済されない場合、その目的物を売却換価して、その代金から優先的に弁済を受けられる権利であるが、根担保義務者は、目的物件の売却換価を甘受する限り、主債務者に代わって、進んで被担保債務を履行する責任を有するものではない。一方、根保証債権については、債務が弁済されない場合、債権者は、保証人に対して被担保債務の履行を請求することができるし、保証人としては、進んで被担保債務を履行すべき責任を有するものであるから、その責任について大きな相異がある。すなわち、根担保においては、履行遅滞の責任の問題は生じないが、根保証においては、履行遅滞の責任の問題が生じるのである。

また、大審院昭和一一年七月八日判決においても、「保証につき限度の定めある場合でも、その限度のほかその限度内の債務不履行による約定損害金の支払も保証の範囲内に属する。」とし、しからずと「解するときは、保証人は保証債務の履行を故意に怠るもその不履行の責に任ぜざると同一の結果となり、かかる趣旨の契約をなすことは、実に異常の事例たるのみならず、公序良俗に反するものというべく」と判示されている。

民法三九八条の三第一項によれば、「根抵当権者は、利息その他債務不履行によりて生じたる損害賠償の全部につき、極度額を限度としてその根抵当権を行うことを得」と定められているが、これは根抵当権の明確化の要請と前記のように進んで債務を履行する責任のない担保権の性格等に由来するものであり、保証責任とは別に考えるべき事柄であって、根保証においては、特約なき限り、元本極度額と解することが妥当である。

また、民法四四七条一項には、保証人は、利息・損害金等従たる債務を負担する原則が定められているのであり、この原則の適用を排除するためには、明確な特約の存在の立証が必要であるというべきである。本件では、その特約は存在せず、かえって、前記のように、遅延損害金を負担する旨の特約が存在するのである。

したがって、本件連帯保証債務の限度額は、あくまでも元本についての定めであり、限度額以内の元本について生じる遅延損害金については、別に責任を負担しなければならない趣旨と解さなければならない。

(二) 保証人の保証債務の不履行について、損害賠償の特約がある場合、それが有効であることについては異論の余地がないところ、本件連帯保証契約においては、右の特約があるから、右特約に基づいても、遅延損害金を支払うべきものである。

(三) 丸長銘木建材は、昭和五九年三月七日、東京地方裁判所八王子支部において、破産宣告を受けた(同庁昭和五九年(フ)第五四号)が、右時点における被告の丸長銘木建材に対する残元本債権は、一億二九八六万三六七八円であった。

(四)(1) 原告らは、昭和五九年四月二四日、被告を相手方として、債務協定のための本件調停を申し立てた。

(2) 右調停において、原告らは、適正価格による任意売却で本件不動産を処分し、その売却代金中から、本件連帯保証債務を支払うことを希望し、被告は、これを了承したが、右連帯保証債務の限度額について、被告は、これを「元本極度額」と主張し、原告らは「債権極度額」と主張して、双方の合意が得られなかった。

(3) その結果、昭和六〇年七月二四日、原告ら主張の調停が成立した。

(4) 原告らは、右調停条項に従い、別紙預金目録記載の条件で、被告に対し、一六四四万八〇〇〇円を預託した。

(五) 本件預金は、以上の経緯で被告に預託されたものであるから、その実体は、単純な定期預金ではなく、原告らの被告に対する極度額八〇〇〇万円の元本債務についての弁済期である昭和五九年二月二七日から本件調停が成立した昭和六〇年七月二四日までの日歩四銭の割合による約定遅延損害金相当額であって、原告らと被告間に右債務の存否について争いのあるところから、訴訟その他の方法による解決までの間、被告が定期預金名義で保管することおよび右元本債務八〇〇〇万円に対する遅延損害金についての連帯保証債務の存否が裁判所の判断その他によって確定した場合において、同債務が原告らに存在すると判断されたときは、被告がその債務の弁済として当然に取得し、逆に、同債務が原告らに存在しないと判断されたときは、原告らは、定期預金契約の約款に従って、同金員の返還請求をすることができる、という約旨のもとに授受した金銭である。

(六) したがって、原告らは、右問題解決までの間は、本件預金について、単純な定期預金としての返還請求権を有しないものであり、原告らに右遅延損害金債務がない旨の公権的判断または当事者間にその処理についての合意があってはじめて、本件預金の返還請求権を有することとなるものである。

三  抗弁(相殺)

被告は、原告らに対し、前記被告の主張記載の遅延損害金請求権を有するので、本訴において、これと対当額において相殺する旨の意思表示をする。そして、原告らが本件預金をした昭和六〇年八月三〇日当時、すでに被告は、右遅延損害金債権を有していたので、原告らの本件預金返還請求権は、相殺適状になった右同日に遡って消滅したものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  (本件預金のなされた経緯)

原告らは、昭和五七年九月二一日、被告に対し、主債務者丸長銘木建材の信用金庫取引契約に基づいて発生する債務を担保するため、原告ら所有の本件不動産につき、極度額八〇〇〇万円の本件根抵当権を設定し、同時に、被告に対し、丸長銘木建材の右債務につき連帯保証したこと、本件根抵当権設定契約の約定において、原告らは、この根抵当権の被担保債務について極度額を限度とし、丸長銘木建材と連帯して保証債務を負い、その履行については丸長銘木建材が信用金庫取引約定において被告に対してした約定に従う旨約し、右信用金庫取引約定には、被告に対する債務を履行しなかった場合には、支払うべき金額に対し一〇〇円について一日金四銭の割合の遅延損害金を支払う旨の約定があること、丸長銘木建材は、昭和五九年三月七日、東京地方裁判所八王子支部において、破産宣告を受けたが、右時点における被告の同会社に対する残元本債権は、一億二九八六万三六七八円であったこと、原告らは、同年四月二四日、武蔵野簡易裁判所に、被告を相手方として、債務協定のための本件調停を申し立て、右調停において、原告らは、適正価格による任意売却で本件不動産を処分し、その売却代金中から、原告らの連帯保証債務を支払うことを希望し、被告は、これを了承したが、右連帯保証債務の限度額について、双方の合意が得られなかったこと、その際、原告らは、本件連帯保証債務の限度額の定めについて、利息および遅延損害金を含む主債務のすべてについて八〇〇〇万円の限度で保証債務を負う趣旨の合意(債権極度額)であると主張し、被告は、右限度額の定めについて、主債務のうち元本については、保証債務の限度額を八〇〇〇万円とするが、右限度内の元本に対する利息および遅延損害金については、右の限度を超えても無制限に保証債務を負う趣旨の合意(元本極度額)であると主張したこと、その結果、昭和六〇年七月二四日、別紙調停条項(以下「本件調停条項」という。)記載の内容の調停が成立したこと、原告らは、本件調停条項の第三項に従って、被告に対し、別紙預金目録記載の約旨の下に、一六四四万八〇〇〇円を定期預金として預託したこと、本件預金のなされた趣旨は、原告らが、本件連帯保証契約に基づいて、右八〇〇〇万円の元本債権に対する遅延損害金についての保証債務を負うかどうかが、別紙裁判所の判断その他の方法で確定した場合において、原告らが、右債務を負担すると判断されたときは、被告は、右預金を右債務の弁済として当然に取得し、原告らが、これを負担しないと判断されたときは、原告らは、定期預金の約旨に従って、被告に対し、本件預金の返還請求をすることができるものとする趣旨であったこと、以上の各事実については、当事者間に争いがない。

二  (原告らの保証債務の限度額について)

そこで、本件連帯保証債務の限度額の定めについて判断するに、原告らは、本件連帯保証債務の限度額の定めは、債権極度額を定めた趣旨であると主張するので、検討する。

一般に、保証契約において、保証債務の限度額を定めた場合、これが主債務の元本についての保証債務の限度額の定めであって、右元本に対する利息および遅延損害金については、右限度額を超えても無制限に保証債務を負担する趣旨(元本極度額)であるか、または、右元本に利息および遅延損害金を含めた主債務のすべてについて右限度額の範囲で保証債務を負担する趣旨(債権極度額)であるかは、まず、当事者間の特約によって定まるものであり、特約のない場合には、当事者の合理的な意思解釈によって定めるべきである。

ところで、民法四四七条一項によれば、保証債務は、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他すべてその債務に従たるものを含むとされているのであるから、特約のない限り、元本とこれに附随する利息および損害金等一切の債務を含むというべきであるが、保証債務につき、保証の限度額を定めた場合は、限度額の定めが元本についてのそれであって、元本のほかにこれに附随して発生する利息および損害金等についても保証する旨の特約がない限り、保証債務は、右限度額に制限されるとするのが相当であって、保証人は、右限度額を超える債務を負担することはないものというべきである。そしてこの理は、超過した債務が利息および損害金等であっても異なるものではない。けだし、当事者が保証債務につき限度額を定める趣旨は、要するに、その限度額までは保証債務を負担するが、それを超える分については保証しないとするにあると考えるのが自然であり、また、それが当事者の通常の意思に合致すると解するのが相当だからである。保証債務について限度額を定めたにもかかわらず、それは元本のみについての限度であって、これより発生する利息および損害金等は、いわば無制限に負担する趣旨であると当事者の意思を解釈することは相当でなく、そのように解することは、保証債務につき限度額を設定した趣旨を損うものといわなければならない。

しかも、右の理は、根保証の場合には、特に妥当するものといわなければならない。根保証は、その保証期間中、元本の増減や消滅、発生が繰り返されるのが当然の前提とされているのであり、一定の金額をもって保証債務の限度額とするといってみても、元本が特定しているわけではないから、その場合の限度額とは、元本のみについての限度額を意味するというよりは、一切の債務を含んだ総額としての限度額を指すにすぎないと解するのが相当だからである。

そして、保証が根抵当権設定と同時にされ、根抵当権の被担保債務につき極度額を限度として保証債務を負う旨が約定された場合においては、根抵当の責任の範囲は、いわゆる債権極度額であるとされていることに照らし、保証債務の範囲も右と同様、債権極度額を限度とするものと解すべきである。すなわち、根抵当の責任の範囲と保証債務の範囲とを別異に定めるのが当事者の通常の意思であるとは、その法的性質の差異を考慮してもなお、認めがたいところであるし、同一機会に締結された契約中の極度額の文言を彼此別異に解することも不自然であって相当でないからである。

以下、このような観点に立って、本件連帯保証債務の限度額の趣旨について判断する。

しかして、本件連帯保証債務については、右にいわゆる債権極度額とする特約があった旨の主張立証はない。

しかしながら、前記争いのない事実(と)《証拠省略》によれば、原告らは、昭和五七年九月二一日、被告との間で、本件根抵当権設定契約および本件連帯保証契約を締結するにあたり、契約条項等が不動文字で印刷されており、被告側において、汎用している定型書式の契約書である「根抵当権設定契約証書」と題する契約書一通を用い、右契約書の「根抵当権設定者兼連帯保証人」欄に原告らが署名押印する方法で契約がされ、右契約書の第一条(根抵当権の設定)において、原告らが本件不動産に極度額八〇〇〇万円の根抵当権を設定する旨約したうえ、同契約書の末尾に近い第一三条(保証)において、根抵当権設定者である原告らは、この根抵当権の被担保債務について極度額を限度とし、債務者と連帯して保証債務を負う旨約していることおよび同契約書は、全一五条で構成されているが、右第一三条と合意管轄を定めた第一五条を除いては、すべて根抵当権設定に関する約定と密接に関連する規定であることが認められる。したがって、右契約書は、その体裁および規定の内容からみて、根抵当権設定契約に重点が置かれていることは、明らかというべきところ、このような契約書の体裁および規定の内容からすれば、この契約書用紙を用いて契約する当事者は、通常、根抵当権を設定することを契約の主要な内容と考え(当事者の表示も根抵当権設定者兼連帯保証人とされていることは前記のとおりである。)、連帯保証契約が、右根抵当権設定契約とは別個に責任の範囲を定める重要な条項であるとは考えないであろうことは、容易に推察されるところである。しかも、この契約書において、連帯保証債務は、根抵当権の極度額を限度額とすると定めているのである。根抵当権を設定した場合には、その責任の範囲は、元本・利息・遅延損害金等を含めた全部の債務について極度額を限度とする(債権極度額)とされている(民法三九八条の三第一項)のであるから、根抵当権設定契約と同時にしかも同一用紙を用いてされ、その根抵当権の極度額を限度とした保証契約を締結する場合の契約当事者の通常の意思としては、前示のとおり、これによって負担する保証債務の限度額も、右根抵当権設定契約によって負担する責任の限度額と同一に定めているものと解釈するのが合理的であって、このような場合に、責任の限度と債務の限度とを相異なるものとして定めているものと解釈するのは、明らかに不合理である。

したがって、右契約書用紙を用いて契約した当事者は、他に元本極度額の定めをしたものと解すべき特別な事情がない限り、保証債務の限度額についても、根抵当権と同様、利息・遅延損害金を含めた主債務のすべてについて、右限度額の範囲内で保証債務を負担する趣旨(債権極度額)の定めをしたものと解するのが相当である。債権者としては、主債務者以外の者から根抵当権の設定を受ける際に、根抵当権設定者を連帯保証人にもすることによって、担保物件の処分価格が、根抵当権の極度額を下回った場合にも、なお、極度額との差額について保証債務の履行を請求することができるし、右担保権を設定した保証人としても、このようなことをなるべく避けるために、担保物件をなるべく高価に任意処分する方向で債権者に協力せざるを得なくなるばかりでなく、物上保証人に保証人を兼ねさせることによって根抵当権の消滅請求権を失わせることができる(民法三九八条の二二第一項、第三項)のであるから、保証債務の限度額の定めを債権極度額と解したとしても、債権者には、なお十分な実益があるのであって、このことも、右解釈の合理性を示すものということができる。

そして、本件全証拠によっても、原告らと被告とが、本件連帯保証契約を締結した際、保証債務の限度額を元本についての限度額と定めたものと解すべき特別な事情は認められないから、本件連帯保証債務の限度額は、債権極度額の定めをしたものと解するのが相当である。

なお、被告は、保証人は、単なる物上保証人とは異なり、債務を履行する責任を負っているにもかかわらず、保証債務の限度額の定めを債権極度額と解すると、保証人が、保証債務の履行をどんなに長期間遅滞しても、右限度額を超えては全くその責に任じないことになるのは不合理であると主張するけれども、そのようなことは、債務者として、極度額を大きく設定しておくとか、早期に債権を回収する努力をしさえすれば、容易に回避できる問題であって、これをもって不合理であるということはできず、この点での被告の主張は、採用することができないし、被告は、金融機関として、保証債務に限度額を定める場合に、これが債権極度額の趣旨であるか、元本極度額の趣旨であるかのいずれであるかを契約書上明示することは、きわめて容易であるはずであり、このような明示を怠ったことにより、右限度額の定めが債権極度額であると解釈されて不利益を受けることがあるとしても、やむを得ないものというべきである。

また、被告は、民法四四七条一項において、保証人は、主債務に関する利息・遅延損害金等についても保証債務を負う原則が定められているから、この原則の適用を排除するためには、明確な特約が必要であると解すべきこととの比較において、保証債務に限度額を定めた場合にも、右特約のない限り、元本極度額と解すべきであると主張するけれども、保証債務に限度額を設けた趣旨は、民法の右規定の原則の適用を前提としたうえ、保証債務の範囲に限定を加えることにあると解されるから、民法の右規定があるからといって、これが、ただちに、特約のない限り、保証債務の限度額を元本極度額であると解すべき根拠になるとはいえず、この点においても、被告の主張は理由がない。

さらに、被告は、本件連帯保証契約には、保証債務の履行については、主債務者丸長銘木建材が被告に約した信用金庫取引約定に従うものとされており、これには、日歩四銭の割合による遅延損害金を支払う旨の約定があるから、これからしても、本件連帯保証債務の限度額の定めは、元本極度額と解すべきであって、右遅延損害金は無制限に負担すべきであると主張し、さらには、仮に本件連帯保証債務の限度額の定めが債権極度額と解されたとしても、右各約定をもって、本件連帯保証債務については、遅延損害金支払の特約(民法四四七条二項)をしたものであると主張する。なるほど、《証拠省略》によれば、本件連帯保証契約には、被告主張にかかる右各約定があることが認められるけれども、本件連帯保証契約において、信用金庫取引約定を引用している趣旨は、主債務について、その内容による遅延損害金の定めがあることを示すために、引用したにとどまるものと解するのが相当である。したがって、このような約定があるからといって、これが、本件連帯保証債務の限度額の定めを元本極度額と解すべき特別な事情にあたるとは、到底いえないし、右約定は、主債務についての基本契約書である信用金庫取引約定書をそのまま引用したにすぎないものであるから、これをもって、民法四四七条二項にいう保証債務についてのみ別に遅延損害金を負担する旨の約定をしたものということができないことも明らかであって、被告の各主張は、いずれも理由がない。

以上説示したとおり、本件連帯保証債務の限度額は、根抵当権の極度額である八〇〇〇万円を、債権極度額とする趣旨で定められたものと認められ、したがって、原告らは、右八〇〇〇万円の限度を超えては、なんら本件連帯保証債務を負担するものではないというべきである。

三  そこで、相殺の抗弁について判断する。

被告の相殺の主張は、被告が、前記八〇〇〇万円の限度を超えて原告らに対して本件連帯保証債務履行請求債権を有することを前提とするものであるところ、被告が右債権を有しないことは、前記説示のとおりであるから、右相殺の主張は、その余の点について判断するまでもなく、その前提を欠き失当である。

四  (結論)

以上によれば、被告は、本件調停条項の趣旨に基づいて、原告らに対し、本件預金を、別紙預金目録記載の約定に従って、返還する義務があり、本件訴訟の経緯にかんがみると、原告らは、あらかじめ、本件預金の返還請求をする必要があるものということができる。

よって、原告らの請求は、理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し、仮執行の宣言は相当でないから付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 後藤邦春 裁判官小林久起は差し支えのため署名捺印することができない。裁判長裁判官 野田宏)

<以下省略>

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